2014年4月7日月曜日

西野 努 コラム「 サッカーを“極める”?  勉強? 遊び? 全部?」

[2011年9月号 FORCEより]

夏休み、子供たちにとっては(おそらく親にとっては一層)やりたいこと(やらせたいこと)がたくさんあり、スケジュールを決めていく上でも迷いながら悩みながら選択をし、いろいろな経験ができたのではないだろうか。ちなみに、小学3年生の我が息子たち(双子)は、この夏休みはほとんどサッカー少年団の練習や試合には行けなかったほど、様々なイベントやキャンプに参加していた。サッカー選手になりたいと彼らは言っているが、この夏の過ごし方には非常に満足しているようだし、それでいいと私も思う。

子供も親も、悩むところはおそらく、“サッカーばかりやっていて良いものか?” “勉強も、他の活動もさせたい”“けど、サッカーで他の子供に差をつけられるのも心配”等々ではないだろうか。まだまだ小学生、将来が決まるわけではないが、将来に向けての様々な種がまかれるのもこの時期。親の意向も強く影響する。
この夏、私が訪問した中国(杭州)では、小学生にはスポーツを楽しむ暇などないほど、どの子供も学校の勉強と宿題に追われている。良い学歴が良い仕事につながり、豊かな生活と人生につながるというわけだ。果たして日本ではどうか。生活や価値観・仕事が多様化し、本当のしあわせは社会ではなく、自分が見つけるものだというように世の中が変化してきているように思う。

プロのレベルでプレーした経験から思うのは、本当にグランド上で強いのは、悪い表現で言えば“サッカー小僧タイプ”だ。生活と人生においてサッカーがすべてであり、サッカーをなくせば自分に何もなくなるという危機感をも持っている。だからこそ、24時間体制全身全霊でサッカーに取り組み、それだけの進歩と上達が実現し、プロの世界で活躍できる。一方で、中途半端な“サッカー小僧”だと、サッカー選手としての自分の将来に自信が持てず、どっちつかずになるという状況で、グランド上でも長く生き残っていくことはできない。プロサッカーの世界でもそこそこだが、プレーすることが出来なくなったときに、普通の社会人としてたくさんの困難に直面する。
一方、私のようなパターンは、悪く言えば“器用貧乏”という状態だとも言える。プロサッカー界で9年間プレーできたが、日本代表に入るほどではなく、しかし、引退後もサッカーの(ビジネスやマネジメントの)世界でやりたい仕事をさせてもらっているが、世の中の誰もが認める大成功を実業界で収めているわけではない。

何を言いたいかと言えば、要するに自分(子供)がどのような人生を選択していくかであり、その課程において、我をも忘れて没頭出来ることに出会えれば、どこまでも突き進んでいくべきだと思う。そして、仕事でも趣味でもスポーツでも、熱中・集中できるものに出会い、とことん突き詰めて練習し、全身全霊で取り組み続ければ、必ず道が開け、結果がついてくると思う。
子供の場合は、周りの環境(土地・友達・親・指導者・先生等等)、思春期における精神・心理状況の揺れや、大小の失敗や挫折から、自分を信じられなくなり、プロサッカー選手になるべく“極める”道からはずれていくように思われる。それでも、他に熱中できるものが見つかれば、もちろん全く問題はないし、プロサッカー選手といっても、今の日本サッカー界には1000人ほどいて、報酬や選手寿命もそれこそ十人十色だから、自分が納得いく選手生命であればよいのだと思う。

小学生の今、プロサッカー選手になると本人が固く心に決めているのであれば、一心不乱に取り組むべきだと思う。そして、中途半端に終わらず、どこまでも突き進む強い決意が大事だ。仮にそうでなくても、サッカーが好きであれば、サッカーも一生懸命しながら、他のいろいろな経験や勉強にも同時に取り組むべきだとも思う。そのなかで、夢中になれるものに出会える。
人生に正解・不正解はない。
子供がやりたいことを自分で見つけて、進むのが理想で、親はそのサポートと情報提供や機会提供をしてあげることが大事なのではないだろうか。

【このコラムは2011年5月〜2014年3月 埼玉スタジアムサッカースクール会員向けに発行していた月刊情報誌FORCEに掲載されたものです。】

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