2014年4月7日月曜日

西野 努 コラム「日本のスポーツ推薦制度」

[2012年10月号 FORCEより]

小学生にとっても、中学生にとっても進路が気になる時期になってきました。
我々が小学生や中学生の時には、進路といっても限られていて、選択の幅が今ほどなかったのでさほど迷うこともなかったように思うのですが、今の子ども達にはスポーツと勉強等で様々な選択肢があり、逆に親としては頭を抱える事もあるのではないでしょうか?

日本にもスポーツ推薦制度というものがあります。
少なくとも、私が今までに見てきた日本のスポーツ推薦制度には問題があると思っています。それは、スポーツだけしていれば、高校・大学と進学できる世界です。(それがアメリカのスカラーシップ制度とは大きく違うところです。)

昔であれば、スポーツさえしていれば高校・大学と進学でき、そのまま社会人の実業団チームへ入り、その実業団チームの企業にも正規採用として就職できました。そして、選手を引退後もその企業の正社員として働くことができました。また、実業団へ入らなくても、大学の体育会等で一生懸命スポーツに取り組んできた学生は就職活動で有利でした。しかし、その世界も変わってきています。我々の頃は体育会系や運動部に存在するいわゆる理不尽な世界や厳しい上下関係にもまれて、人間としての“生きる力”がはぐくまれた事は否定できません(決してそのような世界を肯定するわけではありませんが)。しかし、今となっては強豪チームでさえもプレーにおけるパフォーマンスが優先され、上下関係やいわゆる“堪え忍ぶ”経験が少なくなっていると言います。

選手としてキャリアを続けていく場合、昨今では企業の実業団チームがどんどんと閉鎖に追い込まれ、一方サッカーにおいてはプロ選手の可能性が広がってきています(現在、Jリーグクラブは全国で40クラブ、毎年約1100名のプロ選手が現役として活躍)。しかし、プロという職業は、選手としてのキャリアが終わった時には、自分でその先の進路を探して生きていかなければなりません。私が引退した10年前はまだ元プロサッカー選手という肩書きは珍しかったですが、毎年100名が引退するような現在では、元プロサッカー選手というだけでは生きていけない現実があります。一方で、Jリーグの選手達の報酬を考えると、とてもではありませんが、一生食べていけるお金を稼げるわけでもありません。

仮にプロ選手になったとしても、プロ選手になれなかったとしても、“生きる力”として、好き嫌いにかかわらずやらなければならない事に一生懸命取り組む経験はベースとなると思っています。学生の場合、それが勉強です。社会人になれば、それが仕事です。
楽な道を選ぶためのスポーツ推薦ではなく、より良い環境を求めるためのスポーツ推薦であってほしいと思います。そして、中学生でも高校生でも、大学生でも本分はあくまで勉強です。そこだけは見失ってほしくないと思います。

【このコラムは2011年5月〜2014年3月まで埼玉スタジアムサッカースクール会員向けに発行していた月刊情報誌FORCEに掲載されたものです。】

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