2014年4月7日月曜日

西野 努 コラム「子育て・サッカー指導とコーチング」

[2012年11月号 FORCEより]

コーチングという言葉は、ビジネスの世界では珍しくなくなってきている。スポーツ指導者だけでなく、ビジネスマンや家庭においても使われるようになってきた。

Coach(コーチ) と Teach(ティーチ) の違いを簡単に説明してみると、、、
Teach は学校の先生をTeacherというように、いろいろな知識や読み・書き・そろばん等を“教える”事。主導権はあく
までも教える側にある。目的地も先生が決める。
一方のCoach は、目的地を決めるのも主導権もあくまでもCoachされる側にあり、Coachする側は主体となる子ども
自身が行きたいと思う目的地にどうやったら到達できるかをアドバイスしたり誘ったり(いざなったり)する。
昨今、コーチングが注目されるようになった理由は、強制したり、義務づけたりしてやらせるよりも、主体性をもってやらせる方がよっぽど効率的であり、成果につながるからである。

このことは、子どもに対するスポーツ指導にも当てはまる。無理矢理やらせても長続きはしないし、身につかない。
しかし、一度“やりたい”と思わせることができれば、子どもは自分でいろいろな工夫をし始め、言わなくても自ら取り組むようになる。一方で、
いつも「〜〜しなさい」等言われていると、言われることになれてしまい、自分から考えたり行動を起こしたりできない人間になってしまう。
コーチングの醍醐味は、人間の能力を最大限に発揮させるところにある。

ここで注意しなければならないのが、コーチングと放任を混同してしまうこと。土台のできていない人間にコーチングは適していない。そしてコーチングがすべてではなく、ティーチングとコーチングをうまく組み合わせる必要がある。例えば、人間としてのマナー(挨拶・礼儀・作法等)は、有無を言わさず教え、やらせる(ティーチング)する必要があるし、どんなスポーツでも基本技術を身につけるには徹底して教えて繰り返しさせるしかない。基本技術を身につけることは、えてして面白くはないし、単調な繰り返しが必要とされる。こうした“面白くない”練習や訓練については、強制することが必要だし、その必要性を根気よく説明していかなければならない。
しかし、いったん土台ができてしまえば、その上にどのようなものを積み上げていくかは子どもに任せて自由にやらせることがよく、大人(親・指導者)の役割はいろいろな材料を与えて、方向性が間違ったときに軌道修正してやることではないだろうか。

子どもはあくまでも1人の(いつかは)自立する人間であり、親が所有しているものではない。当たり前のことかもしれないが、子どもへの姿勢を改めて考え直すと、ティーチングしすぎている(あれしなさい、これしなさい、あれはしたの?等等)ことがないだろうか。
コーチングとティーチングのさじ加減。
一度考えてみてはどうでしょうか?

【このコラムは2011年5月〜2014年3月 埼玉スタジアムサッカースクール会員向けに発行していた月刊情報誌FORCEに掲載されたものです。】

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