2014年4月7日月曜日

西野 努 コラム「世の中の流れ!」

[2012年3月号 FORCEより]

今では、幼児でも小学生でも英語教育は人気だと聞く。各種習い事の人気ランキングを見ても、やはり英語学習・英会話はトップのようだ。
果たして、子供にとって英語はどこまで必要なのか。

グローバリズム・国際化・ボーダレス云々。
このような世界になると言われ始めて久しい。日本企業でありながら英語を社内共有言語にする企業も出てきているし、確かに英語が話せ・読め・書ければ便利になるし、一つの武器にもなるだろう。しかし、ここで強調したいのは、言語はツール(技術)であり、目的ではないということ。そして、そうしたツールの習得・獲得は大人になってからでも遅くはないし、早期教育でないとネイティブの発音ができないとか言われるが、ネイティブの発音ができないからといってコミュニケーションがとれないわけではない。逆に「母国語を十分に理解しないうちから第2外国語を学び始めると、母国語の発達に悪影響を与える」という学説もある。(あまりに長い論文なので、まだ読破できていないが。)
ツールとしての語学は、それを使って何をしたいかということが本論であるべきだと思う。目的を果たすためであれば、本人が意欲を持ってやる気を持って取り組むため、進歩も早い。私もイギリスでサッカービジネスのマスターに入って勉強するという目的を持ってから英語を始めたが、明確な目的があったから勉強もさほど苦にはならなかった。

そして、英語をある程度話せるようになってから痛感したことは、英語というツールを使えない自分がいたことだ。言い換えると、自分が日本の歴史や文化を余りに知らないこと、そして自分の価値観や感情を表現することがあまりにもできなかったことだ。ツールは持ったが、その持っている人間の中身がなかったということになる。
自分の国の歴史や文化を知っていること
自分の意見や価値観をはっきりと伝えられること
自分(日本)や他者(外国)に敬意をもち、互いを尊重できること
こうしたことができて、初めて英語(語学)というツールが役に立つ。順序や優先順位から言えば、ツールよりも中身を充実させることが絶対に先だと思う。幼少期から英会話を習うのであれば、それと同じくらいに日本語や習字や読書等にも時間を割いてほしいと思う。

今の世の中、売れるものと言えば、「***すれば###」的なハウツーものや「***すれば、簡単に###」的なものが多いように思う。簡単に習得できるものに本物はないというのが私の持論。
「英語ができれば***」ということを期待するのではなく、「###な人間でかつ英語ができれば、****」というストーリーを考えたい!!!

【このコラムは2011年5月〜埼玉スタジアムサッカースクール会員向けに発行していた月刊情報誌FORCEに掲載されたものです。】

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